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「女は子宮でモノを考える」という人がいるが、すべての女性にこの言葉は当てはまらない。たとえば、病気のために子宮を摘出した女性たちがいる。私もその一人である。

子宮の病気の症状や苦痛を一括りに表現するのは難しい。20〜50代の女性のうち4人に1人は子宮筋腫があると言われているが、病的な症状を発症している人もいれば、まったく症状がない人もいる。そのうえ、苦痛の基準は一人ひとり異なり、ライフスタイルも千差万別だ。

そんな中、激痛や出血過多などの症状を抱えて一人苦しんでいる女性たちは少なくないだろう。症状によっては日常生活の質の低下を余儀なくされる。また、長期にわたる場合が多く、まわりから理解されない、誤解を受けるなどの二次的な苦痛を受けることもある。

私は長年にわたり子宮筋腫を、それから卵巣のう腫と子宮頸管ポリープを患った。子宮筋腫はできる箇所もさまざま。病的症状の発症がなければ、気をつける必要はあるものの日常生活に大きな支障はなく、出産も可能だ。卵巣のう腫で片方の卵巣を摘出した私の知人の姉は手術後ほどなくして妊娠し、無事に元気な赤ちゃんを出産している。

子宮内膜の病気も同様で、私の友人の一人は、子宮内膜症と診断され、時には倒れるほどの重い生理痛に悩まされ続けていたが、医師から「出産すれば改善される」と言われ、実際に「出産後はつらい症状から解放された」と話してくれた。

また、激しい生理痛に耐えてきた別の友人の姉は、出産後、「生理痛に比べれば出産の痛みははるかに楽だった」と言っていたという。

しかし、残念ながら私の場合は、これらのケースには当てはまらなかった。

これまで、妊娠・出産の経験はなく、仕事中心の生き方を貫いてきた私は、31歳で子宮筋腫の核摘出手術を日本で、そしてカナダに移住後に子宮筋腫などが再発し、再び治療を受け始め、最終的に47歳で子宮摘出手術をカナダのトロントで受けた。

長年苦楽を共にしてきた子宮を2010年9月22日に摘出することが決まった時、私は手術の前後に現在、北米で代替医療としてその効果が認められつつあるレイキ治療を受けることにした。

レイキは日本発祥のホリスティック医療の一つ。宗教と関わりがあるものと誤解している人が多いかもしれないが、レイキは宗教に基づく治療ではない。従って治療する側も治療を受ける側も特別な信仰を持つ必要はないし、どんな宗教を信仰している人でもレイキを受け、その効果を得ることができる。

施術はレイキ・セラピストが両手を使って体全体をスキャンし、バランスが崩れている部分を氣エネルギーで整え、本来その人が持っている自然治癒力や免疫力を高めるというもの。

医療関係者や科学者の一部からは懐疑的な意見も聞かれるが、ハーバード大学の健康センターでは正規のサービスとしてレイキ治療が行われている。また、トロントの教育委員会が行う継続教育プログラム(Continuing Education)にもレイキ・コースが設けられるなど、その存在はより身近なものになってきている。そして、私にとってもレイキはすぐに始められるくらい近くにあった。

私は初潮から生理痛がひどく、量も多かったので、生理とはこういうものなのだろうと思って生きてきた。やがて、日常生活の支障が顕著になり、異常に気付いて、病院の門を叩き、医師による治療を受けたわけだが、それにはさまざまなリスクや痛みが伴った。今回受けたレイキ治療は、体の痛みだけでなく、不安定になった精神面の改善にもプラスの影響を与えてくれた。

本編は、私のレイキ治療体験と、それによる心と体の変化をまとめたものである。その他、日本とはかなり異なるカナダの医療事情やストレス発散法、体を元気にするワンポイント・アイデアも盛り込んだ。

一人で苦しみを抱えていると、気付かぬうちに自分を取り巻くさまざまな扉を一つ、また一つと閉じて行くことになりかねない。ひどい痛みや症状が改善された時、新たに開かれた扉に気付き、その前にポジティブな気持ちで自分らしく立つことができるかどうかはとても大切なことだ。

もし、あなたが今、何らかの子宮の病的症状あるいは不安を抱えているならば、本編を一つの情報として役立てていただければ幸いだ。

*お断り:本編は筆者の個人的な体験であり、本文中に記した内容がすべての人に起るわけではありません。また、エクササイズ等は必ず専門家や医師の指示に従い、自己責任で行って下さい。

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2011.02.12 Sat l はじめに l top
レイキ治療体験をお読みいただく前に、私のこれまでの経緯や闘病について触れておきたい。カナダの医療事情なども含め、できるだけ簡潔にまとめた。




1992年、30歳を目前に控えた私は一念発起し、日本での仕事を辞めてワーキングホリデーでカナダのオンタリオ州トロントへ渡った。初めての長期海外生活で、カルチャーショックや言葉の壁などを体験しつつ、充実した日々を送る。一方で、不正出血などの症状が出始め、体調を崩すことが多くなっていった。

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1993年、カナダ滞在中のある冬の午後、買い物帰りに大出血を起こしたため、ウォークイン・クリニックを訪れたところ、重度の貧血と診断される。鉄剤を処方され服用を開始。しかし、胃痛などの副作用がひどく、すぐに服用を中止。

*ウォークイン・クリニック:カナダでは通常、ファミリー・ドクターが患者の体のすべてを診るシステムだが、ファミリー・ドクターを持たない人が予約なしで診療を受けられるのがウォークイン・クリニック。各エリアに点在している。州発行の保険証を保持していれば、州内での医療費は無料。


2011.02.13 Sun l これまでの経緯 l top
1994年2月、日本に帰国後、産婦人科病院(中規模の個人病院)で子宮筋腫と診断される。貧血はさらに悪化し、血液検査の結果、ヘモグロビン値は3g/dlになっていた。

*ヘモグロビン値:血液中に存在する赤血球の中にあるタンパク質の値。ヘモグロビンは体内で酸素を運搬する役割を果たしている。正常値は、男性は14〜17g/dl、女性は12〜16g/dl。正常値以下だと貧血と診断される。女性の場合、生理のため少しずつ貧血になっていくので体がそれに慣れてしまい、自覚症状が希薄な場合が多い。

当時の日本では薬害エイズ事件の余波があり、どこの病院でも輸血に対して非常に神経質になっていた。全身蒼白になり、本来なら緊急輸血するところだった私も、輸血のかわりに造血剤点滴を毎日行い、1ヶ月後に同病院に入院、子宮筋腫の核摘出手術を受けた。貧血の回復が悪く、また傷口が開いてしまったため、入院は6週間に及んだ。傷が完治しないまま退院、自宅療養へ。自宅療養中は傷の消毒を自分で行った。

入院中は手術前の2日間を8人部屋で、手術後は個室(トイレ、洗面所は病室外)で過ごした。院内には入浴施設があり、入院中に一人で傷口をかばいながらの入浴もした。手術・入院費は確か13〜15万円くらいだったと思う。

手術後は、入院中に迎えた最初の生理は重かったものの、翌月からは出血量と痛みが激減。貧血も回復し、快適な日常生活が始まった。

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2011.02.13 Sun l これまでの経緯 l top
1995年9月、再び生活の拠点をトロントに戻すため渡加。移民権を申請し、半年後に無事取得することができた。すぐに仕事も見つかり、順調な滑り出し。だが、仕事が多忙を極めることもあり、ストレスが溜まりがちになっていった。

2000年、再び生理痛や過多月経などで日常生活に支障が出始める。

2001年、ファミリー・ドクターから貧血と診断される。鉄剤を処方され、服用を開始。鉄剤は「Ferrous Gluconate 300mg」100錠入りで$6.49。
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保険ではカバーされないが、処方箋薬を売る薬局のカウンターで購入する。一日一錠、貧血っぽい日は二錠服用。過去に鉄剤が合わなくて服用を中止したことがあったが、今回は食後に服用していたせいか、胃痛などの副作用に悩まされることはなかった。空腹時に服用した方が効き目は早く強いようだが、私は食後に服用するかわりにレバーやあさりなど鉄分の多い食生活を心がけた。一方、長年の喫煙習慣を断ち切った。

*ファミリー・ドクター:いわゆる、かかりつけの医者。基本的に患者のすべてを診る。必要だと判断した場合は産婦人科医などの専門医(Specialist)に患者を送る。専門医での治療情報はすべてファミリー・ドクターにも送られる。どんな場合も、患者はまずファミリー・ドクターを訪れ、治療について相談する。専門医に診てもらいたい患者はファミリー・ドクターにその旨を強くアピールすることも必要。ファミリー・ドクターを持たない人は予約なしで診療してもらえるウォークイン・クリニックに行くことができる。

カナダ医療事情メモ:
カナダの医療健康保険制度は、国民皆に適用されるよう整備されており、歯科や一部の医療を除いて、手術、入院(一部の病室は有料の場合あり)などを含め、無料で医療が受けられる。保険証は各州が管轄し、手続き・発行を行う。

米国と違い、カナダでは低所得者も平等に医療が受けられるが、政府が医療費削減を行うと、その影響を患者がダイレクトに受けるのも事実。医療スタッフ不足は日常化しており、MRIなどの検査に半年以上待たされたり、入院日数が短くなったりすることがある。

2011.02.13 Sun l これまでの経緯 l top
2002年、ピル(経口避妊薬)を飲んで様子見。しかし、効果はなかった。1年半ほどで服用を中止。

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2003年、ファミリー・ドクターに産婦人科医のドクターGを紹介してもらう。ドクターGのクリニックを訪れると、待合室にはたくさんの患者であふれていた。しばらくすると、カルテを手にした女性が登場。ロングの巻き髪にグラマーなボディラインを強調したトップスとデニムのカプリパンツ、素足にローヒールという、およそクリニックに似合わない派手な出で立ちだ。しかし、そんなルックスに反して言動は簡潔明瞭、ダイナミックで男気すら感じさせる。まさかとは思ったが、その数分後、私は白衣すら着ていない彼女が私の担当医となるポーランド系カナダ人のドクターGであることを知った。

*白衣:患者によっては、クリニックや病院で白衣を見ただけで緊張し、それが自律神経系に作用して高血圧になることがある。これは「白衣高血圧症」「白衣症候群」(White Coat syndrome, White Coat hypertension)などと呼ばれている。ドクターGはこれに配慮して、白衣をほとんど着用していなかったと思われる。

ドクターGに再び子宮筋腫と診断される。また、子宮腺筋症の疑いも濃厚とのこと。しかし、医療はかつて日本で手術を受けた9年前よりもずっと進歩していた!
2011.02.13 Sun l これまでの経緯 l top